野いちごひとりごと

人生走り続けて70年。今、ゆっくりのんびりをモットーに日々感じたことをつづる野いちごです。

2017-11

心から感謝して・・・。

4月から中学へ進学する生徒を最後に
先日、音大学生時代から42年間の
”ピアノ教師”という仕事に終止符が打たれました。

グランドピアノ

結婚後も音楽教師として教壇に立ち、
家では毎日、個人レッスン。
三人の子供達を育てながら家事育児、
仕事や歌の勉強、リサイタルやコンサートなど
自分と時間との闘いの日々が続きました。

子供達も生まれてきた時からピアノの音や歌声を耳にして
「母さんはピアノの先生で忙しいのだ」と悟ったのか、
座る間もない母親に文句も言わず、
我慢していたこともあっただろうと今にして思われ本当に感謝です。

bara

旦那様に「42年間のピアノ指導を終えました」とメールすると
「42年ですか、お疲れ様でした。これからはあれこれ欲張らず
少しゆったりした方がいいよ?」と感謝にも似た温かいメッセージ。

結婚して36年、私の”頑張りと大変さ”が
分かってくれていたのだと嬉しく思う反面、
彼も私の仕事や歌の勉強にはいつも温かい理解と協力を惜しまず
背中を押してくれた事に心から感謝です!
本当に本当にありがとう!

トケイ

今まで私の教え子が何人なのか数えきれませんが、
昔の発表会の懐かしい写真やプログラムを見ながら
”この子は音楽性豊かで・・・、この子は良くお稽古して・・・、
そうそう、この子はお稽古しないのに
いつも楽しそうにやってきた”など
一人ひとりの懐かしい顔が浮かびます。

毎年、音楽コンクールに参加した生徒達。
好きな音楽の道に進学した生徒達。
合唱コンクールの伴奏を引き受けてきた中学生達。
この子達からは挑戦する勇気と
音楽に対するエネルギーを肌で感じた。

また反抗期の生徒のあまりの無作法に
母親のように真正面からぶつかった生徒もいたが、
その子達からも”人を変えるには自分が変わらなければ”と
考え方の方向転換や忍耐力も養ってもらった。
数多くの生徒や温かい目で後押しをしてくださった
親御さんたちにも感謝の心で一杯です。

カルチャーセンターで声楽をお教えした歌の好きなおば様達も
未だに私のコンサート出演には駆けつけてくださり、
心からの笑顔で励ましてくださいます。

このピアノの時計は幼稚園から8年間、通った生徒から
「先生、長い間ありがとうございました」と・・・。
ちょっと手こずった生徒ですが、
いざ別れとなると淋しさを感じます。

”教える事は学ぶ事”
ピアノ教師を通して多くの生徒達から教わりました。
みんなみんな本当にありがとう!心から感謝です!

トケィ2




町のピアノ教師 (7) あとがき

ラッキーレインボー

春の訪れと共に私の気持ちも新たに何かを感じたようで、
40年に及ぶ自分の”仕事”を書き綴りましたが、
長い年月の事、隅々までそう易々とは書けませんでした。

これらのレッスン記事はすべて
上京してからの20年近くの出来事や思い。
まだ言い残した事、書き足りない事が多分にありますが、
新しい土地に来て地域の多くの方々との交わりは
本当に楽しい年月でした。

狭い町の中、後ろから「先生~ぃ!」と聞きなれた生徒の声、
一年に1回の可愛い年賀状。
コンサートには必ず聞きに来てくれる生徒。
道路の向こうからでも会釈をしてくださるお母様。
社会人になった生徒の様子を楽しそうに話して下さるお母様。
この記事を書きつつ
”仕事をして本当に良かった!”と改めて感じています。

幼い三人の子供の育児をしながら、
長年、多くの生徒の指導、自分の歌のレッスンや
数回のリサイタルを意欲的にやってこられたのは
音楽に対する情熱と努力もありますが、
何よりも家族のお蔭。
特に夫の多大な理解と協力があっての事。
本当に感謝の一言です。

私の”仕事”もまだまだ続きますが、「教える事は学ぶ事」
生徒達もピアノレッスンで培われた「忍耐と努力」を忘れず、
これからの人生を歩んでくれるものと信じてやみません。

色々と書きたい事を書き、お耳汚しだったかと思いますが
「町のピアノ教師」を最後までお読みいただき
本当に有難うございました。 (結び)


町のピアノ教師 (6) <発表会当日>

グランドピアノ

発表会当日の午前中はリハーサル。プログラム順に行うが、主に舞台に立つ位置、お辞儀の仕方、椅子の高さの確認、補助ペダルの有無などの確認。大きな生徒はペダルや鍵盤の硬さを自らチェックさせ万全に備える。
本番は一度きり。失敗は許されない!舞台には華やかなスタンドのお花が飾られ、照明、ビデオの方などがセッティングを始め刻々と時間は迫ってくる。
会場には娘、息子の晴れ舞台を記念にとビデオやカメラを用意されたお父様、可愛い孫の演奏を・・・とおじいちゃま、おばあちゃまの姿が見える。
小さな生徒達は大きなリボンにフリフリのドレスでお姫様。これが着たくて参加するという子供が多い。司会は毎回お母様方お二人に順番制でお願いしたが、「ドキドキします」と言いながら結構、楽しみながら上手に進行して下さった。

二人の娘達も応援に駆けつけてくれて私の指示に従って事こまやかに動いてくれるので大助かり。
一段上の舞台での演奏。当日の服装は見苦しくない物、袖が短く弾きやすい服やペダルを踏みやすい靴と注意したが、ある年、高いヒールの靴を履いてきた高校生はリハーサルの時に裸足で弾き出した。
ヒールが高すぎてペダルが踏めないのだ。本番は友達に借りてはいたが”良い勉強になりました”とうつむいていた。
最後になった第八回の発表会では大学生になった生徒達を呼び寄せ弾いてもらったが「緊張しましたが楽しかったです」と頬を紅潮させていた。

何ヶ月も練習して間違がったり止まっても仕方ないと思うものの舞台の袖では演奏している生徒の楽譜を片手にハラハラドキドキのしっぱなし。
でもお蔭様で今まで楽譜を持って飛んでいくようなみっともない事は一度も無く、最後まで全員、全力投球で弾き終えてくれた。
私の歌の演奏を最後に皆様から綺麗なお花をいただいて第八回「みんなのコンサート」も無事に幕を降ろした。 (続く)



町のピアノ教師 (5) <発表会の準備>

プログラム 花4
”懇談会”と称しお母様方と個人的にお話をした時、「発表会」と言う話が出てきたので、そろそろ大イベントを考え始めた。
楽器店の店長さんからお花屋さんや印刷屋さんを紹介していただき、1992年やっと第一回「みんなのコンサート」にこぎつけた。
生徒に何か弾きたい曲は?と尋ねても「分からない・・・」と答える。希望があっても技術的には無理な曲もある。「これとこれとどっちが好き?」と好きな曲を選ばせる。
嫌いな曲を何ヶ月も弾くのはストレスが溜まるばかりかピアノ嫌いにもなり兼ねない。
子供の弾きたい曲と親の弾かせたい曲は必ずしも一致するとは限らない。一応、お母様にお伺いして了解を得る。
一年半毎の発表会は季節を変えて夏と冬。発表会の無い年はヤ○○の合同発表会にも二、三回参加したが、得る物が無くいつしか遠ざかった。

いつも高いハードルを乗り越え抽選で勝ち得た会場。会場と日が決まると譜読みが遅い生徒は三ヶ月前くらいからゆっくりと練習、弾ける生徒は集中して二ヶ月ほどで仕上げていく。

プログラムの順番を決めるのも気を使う。学年が上でもレベルが低いと言う生徒もいれば、小さいが音楽的にも良く弾く生徒もいる。一応、学年順に並べて曲の難易度や作曲家などによって決めた。
プログラムには姉妹、友達そして初級の片手の生徒は私が伴奏をしながら連弾を楽しみ、吹奏楽部の中学生がトロンボーンを吹いたり、最後には「みんなで歌おう!」と会場全員でカスタネットや鈴をいれて賑やかに幕を閉じる事となる。(続く)

町のピアノ教師 (4)

ピアノ2

音符が読めてレッスンも段々と進むと私が声楽科出身で特にそうなのかメロディーを歌わせる事を重視した。
音符を弾いただけでは音楽にならない。「さ・い・た・、さ・い・た、チューリップ・・・では無くて咲いた~、咲いた~とレガートの方が綺麗でしょ?」と幼い時からひとり一人に歌って指導するとやっと音楽が流れ始め、生徒も”音楽をする”事を楽しむようになる。

ただ残念な事に音楽性が表現でき始め、曲も面白くなる4、5年生の「今から~」と言う時に私立中学受験でレッスンを断念する子が出てくる。そういう子に限ってピアノもソルフェージュも良くできるが、教師としては諦めざるを得ない。

生徒を子供扱いするのも女の子は4年生まで。5、6年になると女同士の会話になり、中学に入ってからは反抗期が押し寄せふくれっ面で返事もしなくなる。
そこで私もひるまず静かに見守るが、中学2年の後半辺りから反抗期も治まり顔付きもも穏やかに・・・。
中学、高校生は夕方遅い時間帯にレッスンを入れるが、部活帰りでハァーハァーと息を弾ませて、また雨の中を寒そうにレッスン室に飛び込んでくるのには頭が下がる。
余り練習時間も取れないのでレッスン時間だけでも集中して弾いている。思うように動かない指を必死に動かしながら・・・涙目になりながら・・・。
それでも「やめる!」とは言わない。園児の頃から習い始めたピアノをやめる事は何か、見放される思いがするのだろうか・・・。レッスンに来るだけでも褒めてやらないと・・・。
部活帰り、お腹も減っているだろう、用意していたピアノの上のキャンディーを頬張りながら帰っていく姿にエールを送る。

部活と塾とレッスン時間を上手に使う中学生はもう大丈夫。県のコンク-ルに挑戦したり、秋の校内合唱コンクールの伴奏に自ら手を挙げ、夏休みから一緒に猛練習。最優秀伴奏賞を貰った生徒も何人かいる。
幸いにして入門から2、3年でやめる生徒も無く殆どの生徒が中学、高校卒業までレッスンを続け、音楽の世界にと音大に進んだ生徒も数人いる事は非常に喜ばしい事だ。(続く)



町のピアノ教師 (3) 

ピアノ1    デコパージュ5

ピアノのどの先生もレッスンは大体月4回、週1回のレッスンだが、こちらに来てからは嬉しい事に段々と生徒が増え自分のレッスンもできず身動きが取れ無くなった。
苦肉の策として月3回のレッスンにさせていただき、代わりに月1回、学年に分けてソルフェージュのグループクラスを作った。
ピアノレッスンは1対1の個人レッスン。このグループレッスンは生徒にとって遊び感覚の待ち遠しい楽しい時間のようだった。

いくらピアノが上手でも音も取れない歌えない、楽譜も書けない、理論も分からないでは話にならない。小さい時こそソルフェージュは大事な事と考え、歌わせる事、書く事、聴音などを常に重視。

まだ字の読めない幼児にはドは赤、レは黄色など色音符を使用。指の骨も未発達な子供のピアノレッスンは集中力も考えてせいぜい15分。
”幼児期こそ耳の訓練が必要だ”と残りの時間はソルフェージュに費やし特に力を入れた。

ピアノが好きな子は放っていても練習をドンドンやってくるが、嫌いな子は一週間、楽譜も開けないままやって来る。レッスン室に入ってきた彼女達の顔つきで家でのレッスン状態もほぼ分かる。
子供って本当に正直だ。 (続く)



町のピアノ教師 (2)

蘭1

初めてのレッスン時から生徒ときちんとお約束。
(1)レッスン時間には遅れない(お稽古事の多い現代っ子。はしごをしている子もいるので遅れてはあとの人に迷惑がかかる)
(2)靴はきちんと揃え、洗面所で石鹸で手を洗う事(皆が弾くピアノ、汚くしない事。家でも実践)
(3)「こんにちは、お願いします、有難うございました、さようなら」の挨拶をはっきりと・・・。
(4)月謝は礼儀と金銭感覚も身につくかと、「お願いします」と言葉を添えて渡すように指導し、事故があってもいけないので全員に持たせているレッスンノートに「○月分、いただきました」と必ず記した。

お母様とは無断欠席は禁止。遅れる時も必ず連絡をいただく様にお願いし、レッスン時間が延長した時もこちらから連絡。(途中で何が起っても分からないので)
また学期ごとに学校の音楽の各項目の成績も知らせていただき弱点部分を強化。
ピアノを習っていて音楽の成績が悪いのは教える側としては耐えられない。

子供達との約束は厳しいかとも思ったが、人間形成からも幼い時から習慣として身に付けてもらいたかった。 (続く)



町のピアノ教師 (1 )


グランドピアノ

音大在学中から子供達のピアノ指導にあたって
もう40年の月日が流れる。
卒業してからも三人の子育てや教育に忙しい時も
この仕事をずーと続けて来た今、
長年の出来事や思いを書き綴る事にした。

超一流の有名な先生以外、町のピアノ教師は
偉そうに生徒を選ぶ事はできないが、
レッスンに来ていただく前にいつも実践している事がある

ピアノ

入門したいとお話があった時、まずお母様とお子様の三人で
和気藹々(?)とお菓子とお茶をいただきながら、
何人兄妹の何番目?積極的かそうでもないか?
運動神経はどうか?などお子様の家庭環境や性格をすばやく把握する

また一番大切な事はお母様の教育の姿勢や性格や口調、
ご家庭が音楽好きか否か?と言う事が
お子様への対応やレッスンの教材も変わってくるピアノ

厳しい家庭のお子様は少々厳しく指導しても”何くそ!”と向ってくる。
こちらも負けじと次の段階へグレードアップ。
甘やかされて育ったお子様は第一段階でもうへこたれている。
長い目で見てこの差が大きい

4、5歳の園児にはピアノが好きかどうかなんて分からない。
情操教育の為、親に嫌々習わされている子もいただろう。
「ピアノを弾くのは私の夢でした」と
親の夢のために習わされている子も現にいる。

ピアノが弾けるようになる事は勿論、
音楽に興味を抱かせる事も教師の大事な仕事。
入門から3、4年生頃までは甘さと苦さを
使い分けながらレッスンを進めてきた。  (続く)


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