広島最後の山登り


昨日のこと。
10時46分 「今、白木山(しらきやま)山頂です。
標高差800mを2時間で登ってきた。
霞んでいて遠くは見えない。これから尾根を歩いて
鬼ヶ城山(おにがしろやま)へ向かう」

旦那様から携帯にメールが入りました。

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うつぎでしょうか?
間違っていたらごめんなさい。

;;;☆〜blog 1000 flowers〜☆;;;

白木山など聞いたこともないので調べると中国百名山のひとつ。
一般登山道としては広島県内で最大の標高差820mを誇る山とありました。

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帰宅後、PCに写真を送ってもらうと
霞んでいて遠くは見えないし、花もなし。
あまり写真を撮っていません。

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鳥は山頂で撮ったものですが10m以上先の木の上で動き回っているので、
ズームでピントを合わせるのも難しくうまく撮れていない。
名前がわかりません。


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蛇は写真の他に2回遭遇しました。
皆違う種類。2回目は気がつかず踏みそうになりました。
写真の蛇が一番小さい。


グロテスクな写真を載せてごめんなさい。
私は爬虫類は平気であの幾何学模様が”綺麗!”と思うほどです。
それを知ってて旦那様は写真を送ってきたのでしょう。
蛇か・・・そういえば何年も見てないな。。。

蛇b

ほたる袋でもなさそうな。。。。ジギタリス?かな?
ピンクって可愛い!

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;;;☆〜blog 1000 flowers〜☆;;;

昨日は夏日でお天気過ぎる山登り。
入浴後のビールもさぞやおいしかったことでしょう。
広島の山登りも最終のようです。

イチゴAb被災地の方々へお見舞いの千羽鶴の代わりに
blog1000 flowersに参加してお花の写真をお届けしています。



クレマチスの丘(3)


クレマチスの学名はギリシャ語で
”つる”を表す「klema」が由来だそうです。
花言葉:「心の美」「高潔」

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〜blog1000flowers〜

クレマチスガーデンエリアの中に
現代イタリアを代表する具象彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの
個人美術館があり、そのユニークな作品にびっくり。

オブジェ

↑「壁をよじ登る男」思わず駆け寄った楽しい作品です。

オブジェ1

↑「座る女」(写真右下)女の人とは思わなかった。

↓ランチは軽く、藤棚のテラス席で。。。。
小鯵と野菜のエスカベッシュとアツアツのしらすピッツァ。

しらすピザ

ガクアジサイの”ダンスパーティ”

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徒歩12、3分のビュフェ・エリアには立派な井上靖文学館や
黒い直線とモノト−ンの色彩で描かれたフランスの画家、
ベルナール・ビュフェ美術館があります。

井上靖

↑ 5月6日は104回目のお誕生日の井上靖(1907〜1991)
ラッキーにも無料で84年間の軌跡をたどりました。

ビュフェ

↑現代絵画は良くわからないのですが、
ベルナール・ビュフェ(1928〜1999)の数多くの作品を見ていくうちに
ビュフェの特徴である黒の直線の力強さに魅力さえ覚えました。
後期は色彩豊かになった作品が多いですが、
私はモノトーンのほうがインパクトがあって好きです。

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またベルナール・ビュフェ美術館には
東海道五十三次で有名な浮世絵師歌川広重(1797〜1858)や
漫画家、妖怪研究家の水木しげる、現代作家の奈良美智の作品も展示され、
楽しい東海道五十三次を鑑賞しました。



クレマチスの丘(2)

時期的に少し早かったクレマチス、
八重や一重の風にそよぐ可愛いチューリップの他にも珍しい可愛いお花が・・・。

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 芍薬
シャクナゲ

 オオデマリ
コデマリ
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クレマチスの丘(1)

6日の土曜日は旦那様がかねてから行きたがっていた
クレマチスの丘」へ出向きました。
横浜から1時間半、東名高速裾野インター下車。
庭園に響き渡る鶯の声を聴きながら
おとぎの国のような素敵な花の世界に浸ってきました。
言葉は何もいりません。
その美しさと優雅さがお伝えできればと思います。

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クレマチス
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チュリップ

日光御成街道散策(完)


美しい洋館建ての旧古河庭園をあとに
1702年柳沢吉保が築園した和歌の庭「六義園(りくぎえん)」に向かました。

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ここではちょっとお年を召した雑学豊富なボランティアの方の案内で
園内を楽しく散策させてもらいました。
日本庭園はつつじのオンパレード。
春爛漫、言葉そのままです。

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六義園は明治時代に入って三菱の創業者の岩崎弥太郎の別邸となり、
1938年東京市に寄付され1953年、国の特別名勝に指定されました。

六義園

渡月橋を渡るお若い方でしょうか、いい感じです。

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普通の松葉は5本だそうですが、
このリキダマツは3本だそうです。不思議。

リキダマツ

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葉っぱの上に小さなお花が。。。

花筏

お歯黒の原料になったといわれるキブシ。花はすっかり落ちて。。。

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↓ 渡月橋から藤代峠を眺めます。ツツジが綺麗。
早く見たいと足が自然と早くなります。

出汐湊

↑ 出汐湊から妹山・背山を眺めます。

↓ 臥龍石(がりゅうせき)は過日の地震で松が倒れたとのこと。
現在はこの姿です(写真下)

松A

緑の中に鮮やかなピンクや紅のツツジ。
日本庭園の美しさに負けず劣らず息を飲むほど美しかったです。

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芝の中に何かいるのでしょうか、ムクドリが一所懸命につついています。
美しい姿のアオサギも我々を大歓迎のようでした。
大きな池を我がもの顔に自由に泳ぐ鯉。

さぎA

庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の「詩の六義」
すなわち風・賦・比・興・雅・頌という分類法を
紀貫之が転用した和歌の「六体」に由来します。
和歌の趣味を基調とする「回遊式築山山泉水」の大庭園。
心行くまで満喫しました。

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朝からしゃべって笑って歩いて喉もカラカラ、小腹もすいた。
レトロな食堂「たぬき食堂」で七輪焼き鳥。
煙がモクモク。。。これは初めての経験でした。
一日があっという間に過ぎ、夕方6時に
楽しい仲間たちと再会を願って別れました。

たぬき食堂



日光御成街道散策(4)


楽しかった紙透きを終えて都立庭園の旧古河庭園に向かいました。
受付のビロードのような牡丹。
この色は初めて見たのでビックリ!とても綺麗でした。

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〜blog1000 flowers〜

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↓ 目の前にぱ〜っと開けた古典様式の素敵な洋館建て。
見慣れた横浜山手の洋館建てとは違った趣。
天然ストレートぶきレンガ造りで
外壁は伊豆真鶴産の赤みを帯びた安山岩。
雨にぬれると落ち着いた色調になるそうです。
残念ながらこの日は結婚式で中は見学ができませんでした。

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↓ 周囲には薔薇の苗木が・・・。小さな蕾が少し見えました。
5月13日から6月5日までバラフェスティバルが開かれます。

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↓洋風庭園から見た洋館。
洋館と洋風庭園は鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸庭園を手掛けた
イギリス人ジョサイア・コンドル(1852〜1920年)だそうです。

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↓ 洋風庭園と洋館が美しいバランスで眺められます。
何と素敵なお屋敷。

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↓ テラスには白モッコウバラや黄モッコウバラが
愛らしく咲いていました。

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日本庭園の中心は美しい心字池。
富士山の溶岩の黒ボク石積み(写真左上)
大滝や雪見型灯篭、茶室が日本情緒をかもしだしています。
日本庭園の作者は京都の庭師、小川治兵衛(1860〜1933年)。
見事な日本庭園でした。

古河庭園

真っ青なもみじ。紅葉の頃も美しいことでしょう。

やつで

↑真っ白なヤツデの花は何度か見たことがありますが、
黒いのは花実なのでしょうか。

↓ ドウダンツツジが風に揺られていました。
秋には紅葉して夕日のように真っ赤になるのでしょう。
美しい光景を想像しました。

カモ

心字池にはたくさんのカメちゃんが・・・。
我が家のカメちゃんも広い池で泳がせてやりたいですが。
マガモも気持ち良さそうにお昼寝です。

ご一緒したDomさんのブログには素敵な写真ががいっぱいです。

日光御成街道散策(3)


<紙の博物館 手すき葉書つくり>

今、ドウダンツツジも花盛り。
小さな可愛いお花は風に揺られて・・・。
花言葉:「節制」「上品」「私の思いを受けて」「返礼」

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〜blog1000 flowers〜

旧渋沢庭園から2、3分。
1階から4階まで紙の原料や紙の誕生、リサイクル、
和紙、洋紙の歴史をたどった「紙の博物館」を見学し、
滅多にできないすかし葉書つくりを体験しました。。

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正面左手にある「聖徳太子御影」。
宮内庁所蔵の御物「聖徳太子及び二王子像」(奈良時代)をモチーフとして
奥田元宋画伯が描いたものです。
仏教を広めるために製紙を奨励したことから、
聖徳太子を紙祖として敬う和紙生産地もあります。
紙は、大因州製紙協業組合(鳥取県)による
6畳の超大判の手すき紙が使用されています(資料より)

聖徳太子

中国で発明された紙づくりの技術は、
交易などを通じて東西へ広まっていき西は、
シルクロードを通ってアラビアに向かい、
イスラム教徒によりスペインやイタリアに伝わり、
日本に紙の作り方を伝えたのは5世紀頃。
高句麗(現在の北朝鮮)からやって来た、曇徴という僧といわれていますが、
実際に国内で紙を生産するようになったのは
7世紀(聖徳太子がいた飛鳥時代)のことで
主に法律やお経を書き写す道具として使われた。

江戸時代には、コウゾやミツマタなどの
皮を原料とする「手すき和紙」の作られる量が増え、
庶民の手にも広く行き渡るようになり、
和紙は強さと美しさの点ですぐれ世絵や屏風絵から
障子やふすま、傘や提灯など洋紙が現れるまで、
生活のいろいろな所で活躍していました。

その後、明治維新をきっかけに製紙技術も西洋から日本に入ってきて、
1879年までには民間の製紙会社6社が洋紙の製造を開始しました。
1880年代には国民の生活にも洋風のものが取り入れられ
新聞や本の発行が盛んになり、教科書が和紙から洋紙に変わるなど、
洋紙の使用量が急増していきました(資料より)

パピルス

玄関の入り口近くに紙の原料となる植物を育てています。

ガンピ

紙すき教室でマイポストカードを作成。
初めての体験に胸がドキドキでしたが、
ボランティアの方でしょうか、丁寧にご指導いただき無事に完成。

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紙つくり

↓ ミッキーマウスやドラえもんなど
あらかじめ見本の型があり好きなものを選びます。

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↓ 葉書の模様を2種類選び

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↓牛乳パックが溶けた液を型に流し込みます。
選んだ模様を1cm位に沈めて

紙つくり1

↑ ゆっくりと引き揚げます。
↓ 型から抜いて(写真左)水を絞ります(写真右)

紙つくり2

↑ 絞り切った葉書をアイロンで乾かして
表に郵便番号のスタンプを押して出来上がり・・・。

↓ヨットに桜と太陽は旦那様の作品。
♪の物私の作品。
あと2,3回させてくれればもっと上手にできたのに・・・。
でも牛乳パックから紙ができるなんて。
ゴミ分別を徹底実施していて良かった!
これからも頑張ろ!!
身近な紙の知られざる歴史や姿。
資源を大切にと改めて紙のありがたさが身に染みました。

紙つくり3



日光御成街道散策(2)



<JR王子駅〜飛鳥山公園〜旧渋沢庭園 >

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〜blog1000 flowers〜

昨日スキークラブから日光御成(にっこうおなり)街道散策に。
この街道は将軍が日光東照宮へ社参するときに利用され、
本郷追分で中山道から分岐し幸手宿で日光街道と合流するという。

JR王子駅下車。緑が美しい音無親水公園を通り、
ソメイヨシノ、サトザクラなど約650本が園内に植えられている
桜の名所飛鳥山公園に向かいます。

音無親水公園

陸橋の上から見た都電。
その前に新型のカラフルな都電が・・・。
カメラを用意する前に目の前を通過。残念!

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園内ではつつじは約10種・15000株、
あじさいは約1300株が「飛鳥の小径(あすかのこみち)」に沿って
約350m渡り植えられているそうです。

遊具の電車やD51などがデーンと置かれた公園では
休日を楽しむ家族連れの明るい声。

D51

快い歓声をあとに旧渋沢庭園に向かいました。

 青淵文庫(せいえんぶんこ)は渋沢栄一の80歳のお祝いと
男爵から子爵に昇格した祝いを兼ねて
竜門社(当財団の前身)が寄贈した鉄筋コンクリートの建物です。
1925(大正14)年の竣工で栄一の書庫として、
また接客の場としても使用されました(資料より)

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渋沢家の家紋「丸に違い柏」に因んで柏の葉をデザインした
ステンドグラスやタイルが非常に美しい洋館です。
当初収蔵されていた「論語」をはじめ多くの漢籍は、1963(昭和38)年、
渋沢家から東京都立日比谷図書館に寄贈され、
現在は東京都立中央図書館に所蔵されています(資料より)

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↓ 晩香廬(ばんこうろ)は渋沢栄一の喜寿を祝って
現在の清水建設(株)が贈った洋風茶室です。
1917年(大正6)の竣工で、丈夫な栗材を用いて丹念に作られ、
暖炉・薪入れ・火鉢などの調度品、机・椅子などの家具にも
設計者の細やかな心遣いが見られます。
晩香廬は内外の賓客を迎えるレセプション・ルームとして使用されました。
青淵文庫とともに、国の重要文化財に指定されています(資料より)

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広いお庭に素敵な洋館。
渋沢栄一様は
いったいどんな生活をしておられたのか・・・。
一般庶民には想像もつきません。


日光御成街道散策(1)

昨日は早朝からスキークラブの方の案内で
JR王子駅から駒込駅にかけて日光御成街道沿線に散在する
飛鳥山公園、旧渋沢庭園、旧古河庭園、六義園などを
総勢21名でめぐってきました。
順を追って記事をアップしたいと思いますが、
まずは綺麗なお花を見ていただきましょう。

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〜blog1000 flowers〜

今、あちこちで咲き始めた藤の花。
とっても綺麗で歌舞伎や日舞の「藤娘」を思い出しました。

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ビロードのような濃い色の牡丹は初めて見ました。

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つつじが真っ盛り。種類も多いですね。
名無しの権兵衛さんですが、とっても綺麗でした。

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〜blog1000 flowers〜

wishyou.


じぃじ 松山へ行く(3)


娘宅から目と鼻の先の道後公園で旦那様が写した、
牡丹のようなピンクの椿。
旦那様はきっと時間をかけてシャッターを押したのでしょう。

道後公園の椿(乙女)A
〜blog 1000 flowers〜

椿(ピンク)の花言葉:贅沢 おしゃれ

椿(赤)の花言葉:気取らない優美
気取らぬ魅力 つつしみ深い 高潔な理性

熱情的な真紅の椿。それぞれに感嘆します。

道後公園の椿3A

↓ 一茶の句碑

一茶の句碑

↓ 道後温泉本館

ここのお湯はあまりしっとりしないお湯ですが、
個室で食事ができたり、ゆっくりと過ごせます。

道後温泉本館1A

↓からくり時計。坊ちゃんやはいからさんがいます。
この下には足湯があり、以前訪れた時は
地元の方や観光客の姿が見られました。

からくり時計A

↓坊っちゃん列車 

坊っちゃん列車

坊ちゃん電車a

背がずいぶんと高くなり、小学生らしくなった孫。
短い時間でしたが、じぃじをしっかりお守りしてくれたようです。

孫5

↑ この武士のお名前はよしあきくん
(松山城の初代城主 加藤嘉明にちなんで名付けられました)
誕生日:2002年1月15日(現在8歳)
趣味:人とのふれあい・散歩
特技:槍投げ
好きな食べ物:お餅
嫌いな物:スズメバチ
好きなことば:“一期一会”
チャームポイント:かわいい“ちょびひげ”(HPより)

↓ 松山観光港桟橋から呉へ。

sannbasi

じぃじの楽しい松山旅行でした。
それにしても海はいい、船もいいな?
快い潮風を感じます。
皆様にはお付き合いいただきありがとうございました。

海上から松山方面

最後に道後公園のお花達です。

tubaki 3

〜blog 1000 flowers〜

津波で大きな被害をおった気仙沼。
昨日、自分達の手で町を復興させようとマグロ漁船が出港。
大漁をお祈りして。

皆様にお願いしたスクールバッグは「目標が達成されたました」と
チーママさんが教えてくださいました。
子供達に心からの笑顔が戻れば良いですね。
ありがとうございました。

wishyou.

私のノートPCの具合が悪いよ〜。今後が不安です(涙)

じぃじ 松山へ行く(2)


花桃でしょうか?綺麗ですね。
花は大きくて八重桜に似たものが多く、
色は桃色の他に白・赤などがあるそうで、
昔から「お花をあげましょ桃の花♪」と歌われたお花だそうです。
花言葉:恋の虜、良い気立て

2あ花桃

〜blog 1000 flowers〜

満開!キャー!可愛い!
1あ花桃

〜blog 1000 flowers〜

じぃじは孫達に松山市から40kmほどの内子町を案内してもらったようです。
本芳我家など豪商の古い町並みがいいですね。

本芳我家

昔が偲ばれる歌舞伎劇場内子座、いい雰囲気です。

内子座1A.

天井も凝っています。

内子座2A

内子座を訪れた永六輔、小沢昭一、井上ひさし氏の言葉。
う〜ん、なるほど。。。。

永六輔の色紙

小沢昭一の色紙
井上ひさしの色紙


私は行ったことがありませんが、洋館建ての素敵な館萬翠荘です。

萬翠荘

萬翠荘内部天井

ステンドグラスが素敵!!

ステンドガラス

落ち着いた色合いが心和みそうです。

ステンドグラス3A


内子図書館のお雛様。
関西は4月までお飾りする所が多いので
幸いにも素敵なお雛様が見られたようです。

雛飾り2A

 被災地の子供達に手作りのスクールバッグをお送りください

ミシンをお持ちの方、手芸のお好きな方、
被災地の子供達に可愛いスクールバッグをプレゼントしてあげてください。
よろしくお願いいたします。


wishyou.


じぃじ 松山へ行く(1)


先週の土・日曜日に旦那様は四国松山、長女宅へ1泊で出かけました。

本壇の桜2A

〜blog 1000 flowers〜

2年生になる孫が「じぃじ、じぃじ。。。」と大喜びだったとか。
帰宅早々、沢山の写真を説明書きと一緒に送ってくれたので、
折角なので見てやってくださいませ。
松山城の桜。やはり”日本”を感じるお花。

毎年恒例の城山公園の桜に合わせたお城祭りが
震災に鑑み今年は中止だそうです。
ちょっと残念ですね。

花言葉:「優れた美人」「純潔」「精神美」「淡泊」
(シダレザクラ)「優美」
(ヤマザクラ)「あなたにほほえむ」

yamazakura A

〜blog 1000 flowers〜

広島港〜呉からフェリーに乗船し、2時間程で松山へ。
船に乗るって考えただけで楽しそうです。

松山・呉航路図A1.

朝、9時前は薄っすらと霞んでいます。
↓日本郵船の九嶺丸。 

フェリー船内

↑ 海上自衛隊呉基地に帰還する潜水艦(左)
フェリー四万十川の船内(右)

姫だるまA

松山城本丸は標高132の山頂にあり、登城ルートはロープウェイ・リフト、
または徒歩20〜30分の4ルートがあります。
私が以前訪れた時はこの姫だるまは見かけなかったけれど。

いよいよ天守閣本丸が・・・。
姫路の白鷺城、大阪城、熊本城、松本城など
日本各地で大なり小なりのお城を見ますが、
いずれも美しい姿です。

天守閣1A

↓ 小天守と天守閣

小天守と天守閣A.

↓ 天守閣を仰ぎます。

天守閣を下から

↓(旦那様のメールから)松山城のHPを見たら屋根の北側と南側で少し形が違い、
それぞれに公募で名前が付いているそうです。
写真は南側で「天丸」北側は「まつ姫」で
どちらもお城の住民票に登録されているようです。とのこと。

天守閣屋根の鯱鉾A

↓ 三の門南櫓

三の門南櫓A

↓ 戸無門から見た櫓と石垣

戸無門から見た櫓と石垣A

天守閣から2A

↓↑ 天守閣から市街地を。
ゆっくりと町を見下ろす松山城。城下町って心が落ち着きます。

天守閣から3A

 旦那様の帰宅後のメールでは
「昨夜は、天然ブリの刺身と舌平目のムニエル、
それに牛肉のしぐれ煮で持参したブルゴーニュワイン
(Veritasで購入したもの、美味!)

天然ブリが一切れ98円、魚は激安です。
デザートは呉から秋に買った店で
草餅、くるみ饅頭、栗饅頭。どれもなかなかの味でした」と報告あり。

娘と孫と賑やかな食事で天然ぶりに舌平目か・・・。いいな?
あれこれ悔しいけれど
私は次女の誕生祝で美味しい牡蠣料理。ま、いいっか!

 ここに来られるみちるさんの<手作りのスクールバッグ>のお願いです。
ミシンをお持ちの方、手芸のお好きな方、
被災地の子供達に可愛いスクールバッグをプレゼントしてあげてください。
よろしくお願いいたします。


with you japan

放射能汚染で農家も大きな打撃ですが、
今度は漁業にも影響が・・・。
コウナゴにヨウ素が検出。
死活問題だけに早く解決をして欲しいです。



旦那様の休日


昨朝7時46分、洗濯物を干していると
バスで倉橋島(くらはしじま)に向かっています」と旦那様からのメール。
いつものように事細かな説明と綺麗な写真が送られてきました。

はぜA.

お天気も良く真っ青な空と紅葉したハゼ。綺麗!!

はぜAb

ブナ科コナラ属の木、アベマキらしいです。

アベマキA.

呉市内からバスで1時間、
音戸の瀬戸にかかる音戸大橋を渡って倉橋島に入り、
島の南側にある桂ヶ浜まで行きました。
倉橋火山(ひやま)は標高408m、
低い山だが山頂からは360度の展望です。


はしごA 

山頂の岩に登る梯子だそうです。

↓ 10時33分火山(ひやま)山頂です。
早瀬大橋、左手前に能美島、奥は江田島です


お天気も良く遠く迄見えたのでしょう。
綺麗な景色。これぞ瀬戸内海。穏やかな表情です。

能美島

↓ 10時40分南は瀬戸内海、山口県や四国も見え絶景です

う〜ん、どこがどれだか分かりませんが、眺めの良いところです。

瀬戸内海A

下山後、桂ヶ浜周辺を散策、
木造船の資料を集めた長門の造船歴史館を見て、
温泉に入り、4時過ぎに帰宅しました。
資料館には遣唐使船を復元した船(20年前に作り、実際に大阪まで
往復)以外は内部の資料や模型は撮影禁止。
復元された遣唐使船は長さ25m、
木造で船大工や宮大工を集めて造ったらしい。

倉橋島では厳島神社の管絃祭に使う御座船を
建造して納めているということで、
以前使われたものを道路脇に展示していた。
前夜、急に決めた目的地だが正解でした。

ハイハイ、朝早くからのんびりと一人旅、ご苦労様でした。
帰宅後のビールはさぞや美味しかったことでしょう。
私はあれやこれやと一日、忙しい日だったのに・・・(プン!)

桂浜神社A
国指定重要文化財桂浜神社


広島旅行(完)


5980A2.

少し疲れが出始めた16日の最終日。
小春日和の中、まず国指定史跡”萩城城下町コース”を観光しました。

↓ 中でも毛利輝元藩の御用商人を務めていた豪商・菊屋家は
その名の通り立派なお屋敷。
本陣としての役割も持っておりすばらしい庭や美術品など
貴重な資料が数多く展示されていました。

菊屋家

↓ 周辺には高杉晋作、木戸孝允の旧宅(右3枚)があり
長州藩への興味もありみどころがいっぱいでした。
木戸孝允は坂本龍馬の仲介により、西郷隆盛らと薩長連合を結び、
西南戦争のさなか、45歳で病死。

木戸孝允

↓ 萩城跡しづきこうえん
1604年、毛利輝元が指月山麓に築城したことから、
別名指月城とも呼ばれ、現在は石垣と堀の一部が昔の姿をとどめていました。

萩城跡

城下町を後にして港町として栄えてきた
”浜崎商家町コース”にまぁーるバスで移動。
日本海に面することから、物資の流通や販売、水産業が経済を支え、
伝統的建造物が江戸期、明治期、大正期のものが135棟あり、
古い家屋に今も表札がかかっていました。

↓ 旦那様が時間を割いてでも観たいと言っていた旧萩藩御船倉。
幸いなことに特別公開で中も観ることができました。

御船倉は藩主の御座船(ござぶね)を繋ぎ留めておいた場所。
毛利氏によって築かれたと考えられ、長さ29.1m、横6.4m。
船を留めていた水場は現在は倉庫。
ここでコンサートが開かれるとの説明がありました。
 
お船倉.

歩きつかれたランチは旦那様が調べていた
城下町の”わらじや”さんの天ぷらとうどん。
日本海から吹く冷たい風に体が温まりました。

わらじ屋.

↓ この日は地図の左赤線の枠内の城下町と
右上の青い小さな枠の商家町を帰りのバスの時刻を気にしながら
萩焼の窯元もじっくり見ずによく歩きました。

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3時前、高速バスに揺られて新山口駅へ。
駅前のホテルでビールとピザとサラダ。
和食ばかりだったので胃袋が我に返ったようで美味しかった〜!
ここで旦那様は新幹線で広島へ。
私はバスで宇部空港〜羽田へ向かいました。

piza4

今回も夫婦の忘れられない楽しい思い出ができました。
皆様には呉〜宮島〜萩の旅行に長々とお付き合いいただき
本当にありがとうございました。感謝です。

今週は毎日のように多忙な日が続きガンバ!です。
風邪をひかないように手洗いとうがいをしっかりと・・・。
皆様も悪い風邪にお気をつけください。

広島旅行(萩2)


地図を片手に歩く旦那様の後ろをチョコチョコ歩いていると
見たこともないお花を目にします。
左上の丸い物。地元の方に”とうぜんとうわ”と
教えていただきメモしましたが、
検索してもみつかりません。右がお花ですが・・・。

いつもコメントをいただくこふでさんとアリスさんから
「風船唐綿(フウセントウワタ)」だと教えていただきました。
もう絶対に忘れません。ありがとうございました。

さざんか1

↑ 「艶のある蕗」から転じたという黄色いツワブキは人目をひき、
ピンクのさざんかも愛らしく・・・。赤い実は???。

15日の萩のお宿「雁嶋別荘」の前の川には
鳥が綺麗に並んで勢ぞろい。

かもめ1

ここのお宿も東南の角部屋。美しい朝日や夕陽に「お〜!」の連続。
さすがにふぐの山口。
ふぐのつみれのお澄まし、ふぐ刺しの酢の物。
新鮮なお刺身はひらまさ、鯛、マグロ、イカ。
どれも美味しい〜。。。。

ganjima

大きなふぐの身が入ったふぐ鍋、豊年万十銀あんかけ。
最後にちりめん山椒茶漬け。
普段お茶漬けをしない夫婦にはこれは珍事。
旦那様、モタモタと慣れない食べ方でした。

お茶漬け

「この料理じゃ日本酒だ〜!」と旦那様。
香りも良くて美味しいお酒でした。

この日はバス移動があったので17682歩。
お布団に入ったら朝までバッタンキューでした。

日本酒2

16日、朝風呂から戻ると美しい朝焼け。
ふぐの一夜干しは柔らかくて匂いもなく美味しかったです。

はぎ塩


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